松本 かおるさん
大地に吸い込まれていく。
森は朝昼晩で全く異なる表情を見せる。爽やかで明るい昼と打って変わって、夜の森の闇は深く暗い。一晩過ごした2人は何を感じたのだろう。
「こんなにぼーっとしたのは何年ぶり?ってくらい、ゆったりとお風呂に浸かりました。夜はたくさん眠ったのですが、ヨガの最後にシャヴァーサナっていう仰向けになるポーズがあるでしょう?寝ながらはじめてあの感じを体感したんです。そのままベッドに沈んで、深く、深く、大地に吸い込まれていくような感覚」少し体を伸ばしながら彼女は言った。モリノイエにおとずれる誰もが口にする「深い眠り」。だが、感じ方や表現は十人十色でおもしろい。
「あと、目が覚めるたびに窓の外を眺めてて。明け方は白と黒の水墨画みたいで、空が明るくなってきたらあわいグレーに、日が上ったら眩しいほどの緑になりました」赤ワインに手を伸ばしながら彼女は楽しそうに言った。「水墨画で、映画で、絵画みたいでした」と隣で花野さんもつぶやく。「徐々に変化する景色を見ながらごろごろして、まどろんでまた少し寝て、そんな風に過ごしました」そう話す彼女は、まだ少しまどろみの中にいるような穏やかな空気を纏っていた。
森へのリスペクト。
【house M】で気に入ったところを聞くと2人揃って「窓」と答えた。「すごく贅沢な窓ですね。過ごすほどに、窓がそこにあることを忘れます。開いているのか、閉まっているのかも意識しないくらいに。開放感を越えて、外と中の境目が感じられなくなる感じ」と彼女。
【house M】の窓は、建築家・福岡みほが最もこだわったポイントの1つだ。リビングスペースのワイドな窓には4つの格子があり、窓の外の木々と同じような存在感になるよう、太さ、色、質感など全てが調和している。さらに窓の高さとぴたりと重なる薪ストーブは視界の邪魔をしない。実は【house M】の設計は「最初にこの薪ストーブから決まった」のだという。全ては森に溶け込むための工夫から成っている。
そしてその工夫は建物の中だけでなく外にも施されている。杉板を幅と厚さの異なる5種類に割き、5種1組でまとめて1つひとつ外壁へ。「全てが固有で同じものがない」森に溶け込ませたいという思いからつくられた。
モリノイエのシリーズの根源にはすべて「自然へのリスペクト」がある。
溶けていく自然との境界線。
森で過ごし、リラックスし、癒やされた。その「癒やし」って何だと思いますか?
そう尋ねると彼女は少し考えながら「ここは目に見えるものはもちろん素晴らしいけど、目に見えない何かも感じます。見えない本能が喜ぶものに包まれている感じ。大地と一体になるような心地よさです」と言った。
モリノイエのデザインには「全てを強調しない」というもう一つのテーマがある。ドアハンドル、床のネジ、テーブルの天板、真鍮の目地、細やかな工夫を上げればきりがない。強調するものと、しないもの。光の当たるもの、当たらないもの。そんな工夫の1つ1つが「目に見えない心地よさ」を生み出している。
「お風呂から外を眺めていたらコゲラを見つけました。木の上でお風呂に入ってるみたいだった。窓の外と中も曖昧になるし、自分と自然の境界も輪郭がぼやけていくような。本当の意味での自然との一体感をここで感じました。自分も自然の一部に溶けていく感じ」。
「上手なことは言えないけど」と言いながら話す彼女の言葉は、感覚的なのに分かりやすく、「力み」や無理が見当たらず心地よい。
この森で1ヶ月暮らしたら、どんな作品が生まれると思いますか?作家である2人に、最後にたずねる。
「流行を追わなくなるかも。売れ筋とか誰かのためのものより、自分のつくりたいものを作る気がします」そう言う花野さんの横で、「私は最初から今もこれからもずっと自分のつくりたいものしか作ってないから、あんまり変わらないのかも」と彼女は微笑みながらワインを口に運んだ。
Special thanks to KAORU MATSUMOTO
東京都出身。
レストラン運営会社のプレスを経て、陶芸の道へ。
備前陶芸センターで学んだのち、備前焼作家、星正幸氏に師事し独立。
備前と珠洲の土で焼きしめ陶器を制作する。
現在金沢在住、焼しめに漆を施す陶胎漆器の器も制作。
Instagram:@runkao_
Photo : Aya Kawachi / text : Nozomi Inoue(sog.inc)