松本 かおるさん
こだわらない、だから動く。
「七輪を持って行ってもいいですか?」
モリノイエに招いた彼女からの、最初の質問の一つがそれだった。
夏に向かう6月の森の、青々とした木漏れ陽が注ぐ【house-M】のテラスに、彼女が持参した七輪が違和感なく馴染む。「いつもこの七輪で食材を焼いて食べているんです」にこにこと微笑む彼女をみて、いかに「食」を大切にしている人なのかが伝わってくる。
【house-M】に訪れるゲストはみんな、まずテラスで過ごす。テラスを包む広葉樹の森は、美しい木陰をつくるだけでなく、地に根をしっかりと張り家を守る役目も果たしている。七輪の炭に火をつけ、野菜を切り、器を用意する…その前に、まずワインの栓が開いた。グラスを持つ彼女は多幸感にあふれ、見ているだけで幸せな気持ちになる。
陶芸家・松本かおるは、パートナーである漆作家・花野さんと共に、現在は金沢を拠点に制作活動をしている。東京で生まれ育ち、長野県、石川県輪島市、そして金沢市へと拠点を移してきた。「気づけばジプシーのように動いているんですよね。明確な理由があるというより、むしろこだわりがないのかも。拠点選びの条件は、湧き水が汲めて、温泉があって、陶芸ができさえすれば、どこでもいいんです。あと、月1で陶芸教室をしているので、東京へのアクセスの良さも」。七輪の上の野菜やお肉をのぞきながら彼女は言った。
欲しいものをつくる。
炭火で焼いた食材は、シンプルな味付けのみで驚くほど美味しく変身した。2人はそのままテラスで遅めの昼食をはじめる。
陶芸の道に進む前、彼女は会社員として飲食の仕事に携わっていた。仕事に充実感を感じつつも、父親の影響で通い始めた陶芸教室で陶芸と出会い「見つけた」と思ったのだという。飲食の仕事でたくさんの器と触れ合ってきた彼女。器をつくる楽しさもさることながら、つくったものが「使える」ことに強く惹かれた。探しても見つからなかった、理想の形の器を自分でつくることができる。「欲しいものをつくる」という彼女のスタンスは最初から決まっていた。
器だけでなく食への関心も強く、東京在住の頃から地方の野菜を取り寄せては料理を楽しんでいた。「自然や田舎への憧れがすごくあったんです」と彼女。はじめて岡山へ拠点を移し、田舎暮らしを始めた時も全く抵抗が無かったという。「山の中にポンと入って蝶々が飛んでる場所に行った時“ここは天国かな?”と思いました。都会とは真逆の生活で周りには心配されましたが、私にとっては全く苦じゃなくて」と、カラッと笑う。
呼吸する器。
陶芸教室に通っていた時は釉薬のかかった陶器を作っていたが、徐々に彼女は「焼締め」の、そして「漆」の魅力にはまっていった。「きらびやかな陶器より、もともと土器が好きで」と語るように、彼女の作品は土そのもののような素朴で飾らない質感と、しなやかな女性を思わせる美しい佇まいをしている。「釉薬をかけないと、土が息をするんです。入れた飲み物もまろやかになるし、ビールの発泡効果も高まるんです」と嬉しそうに話す。
「漆は木の樹液、自然のもので、実は水分量が人の肌と一緒なんです。だから手にふれた時、人の肌にふれているような、やわらかなしっとり感があって。口をつけても心地よいところも素晴らしいなと思って」器に少しふれながら彼女は言った。
「漆ってお重とかお椀とか、ハレの日の印象が強いでしょう?でも使ってみて漆の魅力にひきこまれて“日常使いしてもらいたい”と思ってから、マグカップやビアマグや、普段使いのお皿にも漆を使うようになりました」。彼女は金沢からたくさんの作品を、我が子のように連れて来ている。花器に生けた野花は「そこらへんを散歩しててさっき摘んできた」のだという。「土が息をする」と聞いたせいか、1つひとつの作品が生き物のように見えてくる。
ちょうど良いサイズの心地よさ。
赤ワインを注ぎ直し、改めて乾杯をする。
【house M】は、1人もしくは2人で過ごすのに丁度よいコンパクトな別荘。モリノイエの共通テーマである「大きくせず、物を減らし、軽く暮らす」が分かりやすく表現されている。仕切りが少なく、建物全体が一つの大きな空間のようになっているせいか、約18坪とは思えないほどゆったりと感じる。窓は浅間山を望む北向き。あえて天窓もつけず程よい暗さを残すことで、コンパクトな空間の中にもしっかり光と影を感じることができる。「全面ガラス張りのカフェとか落ち着かなくて作業できる気がしないんですが、ここはむしろ集中してアイデアを練れる気がします」と花野さん。以前【house M】を訪れたゲストも「アウトプットに向いた空間」と表現していたのを思い出す。
拠点を移すことで作風への影響があるかたずねてみる。「環境がつくるものに与える影響は大きいです。自分の暮らしの中からアイデアは生まれているので」。L字のソファーに足を伸ばし、パラパラと本をめくりながら彼女は言った。「例えば、今住んでいる金沢ではカニや大きなお魚を食べることが増えたので、大きなサイズの器が欲しいな、刺盛り用も欲しいな、と思ってつくったりします」。
食べ物の話しをする時、彼女は本当に生き生きとした表情をするのだ。
モリノイエを体験(松本かおる)/後編へ
Special thanks to KAORU MATSUMOTO
東京都出身。
レストラン運営会社のプレスを経て、陶芸の道へ。
備前陶芸センターで学んだのち、備前焼作家、星正幸氏に師事し独立。
備前と珠洲の土で焼きしめ陶器を制作する。
現在金沢在住、焼しめに漆を施す陶胎漆器の器も制作。
Instagram:@runkao_
Photo : Aya Kawachi / text : Nozomi Inoue(sog.inc)