金子 瑠美さん
縦の重なり
「森に招くゲストの中で、最も“森暮らし”から遠いのは、彼女なのかもしれない」
彼女と出会う前、そんな先入観を抱いていた。
中目黒にあるトータルビューティサロン【RUMIKA】、【RUMIKA ATELIER】2店舗の代表を務め、さらにアパレルブランド【Lu.】も手掛ける金子瑠美。同世代を中心に支持を受けるファッションアイコンのような存在の彼女は、華やかで都会的な女性像そのもので、「森」と離れた存在のように感じたからだ。
車一台が通れるほどの、細く長いアプローチを抜けた先にあるのは、今回の森の舞台【小豆の家】。いわゆる「旗竿地」と呼ばれる、実はあまり自由度の高い敷地ではない。けれど、だからこそ生まれた珍しい構造が、この家の唯一無二の魅力。中に入ると、外観からは想像できない4層のスキップフロアが現れた。
玄関を開け、彼女は小さく感嘆の声を上げた。
心の筋
荷物を整えると、玄関から一つ上がったフロアにあるダイニングキッチンで、彼女達は持ってきたお気に入りの茶葉で早速ティータイムを楽しみはじめた。美容師歴21年目。熊本から上京し独立するまでの17年間を、彼女は名店【SHIMA】に捧げてきた。友人であるあやかさんは、そんな彼女の駆け出しの2年間を共に過ごした元同僚で、今は山形県へ移住し、夫婦でサロンを経営している。
「SHIMAでは、店長をさせていただいたり、ショーにも出させていただいたり、やりたいことは全部挑戦してきました」。恩を感じていた彼女は、自分の抜けた後のお店の負担などを考えた末、辞める3年も前に独立の意志を伝えたという。「後輩たちにも筋の通った辞め方を見せたかったので」。話していくうちに、彼女にはそのやわらかな容姿からは想像できない「芯の強さ」があることに気付く。「彼女はハンドボール部のキャプテンで、チームを率いて全国大会にも出場してるんです。いつもまっすぐで、責任感が強いんですよ」とあやかさんが微笑んだ。
独立後のお店をトータルビューティサロンにしたのも、化粧品やアパレルを手掛けるのも、「本当に自分が自信を持って100%おすすめできるものを届けたい」との強い想いが根底にある。現状に満足せず、目標を次々を掲げて自分を進化させようとするそのマインドは、「ハンドボール部の頃から変わっていないのかも」と笑う。
リラックスと寂しさ
彼女が生まれ育ったのは熊本県の天草市。実家は自然豊かな場所だという。「電車はないけど、森と山と川があって、近くの海にはイルカもいました」。
「最も森暮らしから遠い」という彼女への先入観は、半分間違っていた。今でこそ森や自然から離れた都会での日々を送ってはいるが、彼女のルーツと心の軸は生まれ育った豊かな大自然の中にある。
「よく、目に浮かぶ風景があって」。お茶を飲み窓の外を眺めながら、ふいに彼女が切り出す。「実家の前に川があって、見上げると空が夕日で真っ赤になっててトンボが飛んでるんです。夏の終わり、秋のはじまりくらいの。その風景が懐かしくて、切なくて、好きでもあり、少し苦手でもあるんです」と言った。
彼女はリラックスしている時、必ず「切なさ」もセットで感じるのだという。「その切なさが心地良いような寂しいような、複雑な感情なんです。ここでも一人になって目を瞑ったら、深い安らぎと、少しの切なさを感じるんだと思います」と微笑んだ。
なんとなく過ごしていたら見逃してしまいそうな、繊細で曖昧な感情の中の「違和感」にも、彼女は気付き、まっすぐに言葉にしようとする。彼女ならではの感性の源流、明朗快活なイメージとはまた違う一面を、少しだけ垣間見たような気がした。
空間は直感で
一番上のフロアに上がると、大きな窓と本棚に囲まれた小さなライブラリースペースがある。彼女は本棚から何気なく一冊の本をとり、パラパラとめくり始めた。
彼女が仕事の他に関心を持つのが、空間とインテリア。「引っ越しをすぐするんです。内見した瞬間、良い・悪いが直感的に分かって。空間の雰囲気、色、光。東京で家を探している時はどちらかというと立地より空間の印象を重視していました」。そして本から目を上げ「ここと東京の家は空間の色味や雰囲気は少し似ています。ただ、窓はあるんですが、そこからこんな美しい自然は見えない」と言って、命のエネルギーで満ちた、窓の外の木々を眺めながら嬉しそうに目を細めた。
インテリアにもこだわりがあり、少し高価でも「長く使えるもの」を選んでいる。一つ一つじっくりと選び、無駄なものを置かない彼女だが、20年以上捨てられない大切な椅子もあるという。「無印良品の折りたたみ椅子です。上京した時に親が買ってくれて。引っ越しが終わり両親が熊本へ帰った後、寂しさで涙しながらその椅子に座って“どんな美容師になりたいか”を書いたんです。今も時々出して座っています」と微笑んだ。
大きな仕掛けと小さな工夫
店舗や家の空間のイメージを考えていた時から、彼女は【モリノイエ】の建築家・福岡みほの存在を知っていた。「好きな“光”なんです。こんな家に住みたいと直感的に感じて。実際来てみると、写真でみるより明るくクリアで、空間に“ぬくもり”や心地よさを感じます」。
モリノイエに訪れる多くのゲストが口にする「空間のぬくもり」や「言葉にならない心地よさ」。そこには、建物自体の向きや、太陽の導線を考慮した窓などの「大きな仕掛け」の他に、床・壁・インテリアなど細部への「小さな工夫」がある。
例えば、階段の「見切り」には鈍く光る真鍮を、和室の柱には主張し過ぎないこぶしの木を選んでいる。南向きではないけれど日が暮れるまで照明をつけずに過ごすことができ、夜は間接照明でやわらかな空間が浮かび上がる。そんな「大きな仕掛け」と「小さな工夫」の相互作用で、家全体のぬくもりや心地よさはできているのだ。
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Special thanks to RUMI KANEKO
『RUMIKA』代表。熊本県出身。大村美容専門学校卒業後、都内有名店に新卒入社。以降17年間勤務し、雑誌撮影やヘアショー、セミナーなどで幅広く活躍しながら店⻑も担う。2021年、東京・中目黑にトータルビューティサロン【RUMIKA】、2024年【RUMIKA ATELIER】をオープン。セラピストが在籍し、髪だけでなくフェイシャル・ボディのメンテナンスも可能。30代女性を中心に、幅広い世代が来店する。
Instagram:@rumi_kaneko
Photo : Aya Kawachi / text : Nozomi Inoue(sog.inc)