モリノイエを体験|茂田 正和さん

[ house M ]
感覚と思考の森。
株式会社OSAJI代表 / ブランドディレクター

茂田 正和さん

2つの拠点

耳を澄ますと、遠くに微かに電車の音が聞こえる。随分と人里から離れたようで、実は軽井沢駅から車で5分とかからない。山肌に一体化するように【house M】は佇む。見晴らしのいい高い場所、まわりを木々に包まれる姿は大きな「巣箱」を思わせる。山々を見渡す鳥のように、遠くの浅間山を臨む。

緑々とした5月の森に招いたのは、自然派コスメブランド【OSAJI】のファウンダーであり代表取締役、そして自ら商品をつくる職人でもある茂田正和。今やコスメに限らず、食、書籍、フレグランス、店舗プロデュースなども手掛けている。職場は東京、自宅は群馬県の高崎にある彼は、平日と週末の2拠点生活を10年近く続けている。「コロナ禍でしばらく東京だった時、一気に体調が悪くなって。自宅も実家も自然の多いところなので、自然の中が落ち着くんです」。【house M】へのアプローチに自生する山椒や木の枝に手を伸ばす彼の姿が、自然との距離の近さを物語っていた。

ものづくりの原点

【house M】に着くと早速、ウッドデッキに椅子とテーブルを出し、彼は簡単な料理を作り始めた。食材も調味料も、来る途中の地元のスーパーで調達。料理が生業であり生きがいでもある彼は、旅に行くと必ず地元のスーパーを覗くのだと言う。

彼が料理をはじめたきっかけは母親の存在が大きい。「高校の頃、友人に混ざって母親も一緒に遊んでました」そう言って笑う彼の声が徐々に柔らかさを帯びていく。
仕事一直線の父親が東南アジアでビジネスをしはじめた頃。専業主婦だった母親が退屈しないよう、彼は夕飯を作りはじめた。2000円だけ握りしめてスーパーへ行き、当時1本800~900円のイタリアワインと、残りの1000円で食材を買い、3、4品おつまみを作る。仕事や書籍に出てはいないけれど、実は彼が一番得意なのはイタリア料理。母を喜ばせようと、若き日の彼が培った腕だ。

「“今日もおいしいね”と二人でワインを1本開けていい気分になって。その頃から少しずつ“人が喜ぶことがしたい”という素地ができていったのかもしれない」と彼は言う。

派手なプロモーションをしている印象もないのに、気づけば美容感度の高い女性たちの支持を受け、今や大人気の【OSAJI】だが、その原点は彼の自宅のキッチンだった。皮膚疾患を患った母親のため、結婚後は妻や子どものため、彼は化粧品を作った。「そんな健気なものじゃなく、暇つぶしですよ」と照れ隠しのように言葉を添える。「自分の思想や情熱を伝えるのは得意じゃなくて、いわゆるアーティストではないんです。物をつくるには“誰かのため”が僕には必要です」。

彼のものづくりの先にはいつも「喜ぶ誰か」がいる。

日本の美意識

食事を終えてソファーへ座り、改めてじっくりとワインを味わう。【house M】には浅間山を切り取る北向きの窓があり、南向きはウッドデッキへのくぐるほどの低い掃き出しの窓以外ない。「北向きは暗い」と先入観があったが、ほどよい明るさの室内はむしろ日中も目に心地よく、室内から浅間山を眺める窓はまるで映画のスクリーンのようだった。

「先日のミラノサローネで日本の建築や家具が注目された理由が、2つあったと思うんです」。
太陽が傾き、部屋に差し込む影が形を変えていく中、不意に彼が切り出した。
「一つはミニマリズム。モダニズム建築の巨匠・ミースが唱えた“Less is more”の精神です。そしてもう一つは陰翳礼讃。全面に光を当てるヨーロッパの美意識に対して、日本は“光と影”、コントラストの美です」。そう言って部屋に目を向け「ここはまさに陰翳礼讃ですね。光の落ち方、影の生まれ方が美しい。日本の建築家が成せる技で、日本人の本質的な心地よさはここにあると感じます」と、噛みしめるようにつぶやいた。

「ミニマリズムと陰翳礼讃」は、実は【house M】のテーマ。だが彼にはそれを伝えていない。驚いたというより、納得した。建築家とクリエイター、視点は違えど、本物の創造の先、深い思考の先にある本質は一致するのだと、目の当たりにしたような気がしたのだ。

香りから森を見る

彼が滞在してる2日間、初日は晴れ渡る青空、そして夜から二日目の朝にかけて雨が森を濡らした。「森の陰と陽」に身をおいて、彼は何を感じたのだろう。

「森って湿度があるほうが香りが出るんです。土や木が水分を含む感じ」と彼は言う。【KAKO】というフレグランスショップも手掛け、自ら蒸留&精油もする彼は、森をまず「嗅覚」で捉えていた。

ヨーロッパの香りは古くから「花」がメインで、人を高揚させるONの香りだったのに対し、日本の香りは「木」。木や樹液が香りの主原料となり、人を落ち着かせるOFFの香り。寺社仏閣も木造で、森や木の成分で癒やされてきた日本の歴史は長く、日本人が森や自然の中で心が落ち着くのは、DNA的にも親和性が高いことなのだと彼は言う。

「森や自然は癒やされる」と漠然と感じていたが、彼のフィルターを経ると「漠然」が輪郭を帯び、ストンと肚に落ちていく。

「植物から精油をとるとしたら日が昇る前に収穫しないと、朝日がのぼって光合成が始まった瞬間に、植物は一斉に香りを放ってしまうんです。今朝は6時半に起きて窓を全開にする計画でした。なのに8時半まで眠ってしまって」。3回かけたアラームを全て突破するほど、彼は深い眠りに落ちた。「普段はそんなに寝る方じゃないのに」と少し悔しそうに笑う。

「“アーシング”という言葉がありますが、人の身体の中に帯電しているものが自然環境下で一気に放電されて眠りが深くなるのかなと。寝る前にテレビやインターネットにふれていないというのも大きいですね。眠りに向けて、ゆっくりと脳がシャットダウンしていくような感覚でした」。

森へ招いたほとんどの人が口にする「深い眠り」についても彼は分析済み。感覚と思考が、常にワンセットで働いているような話にどんどん引き込まれていく。

焦点と静寂

窓の外に目を向けながら彼は口を開いた。「ここでは常に目のフォーカスが遠くにある。東京にいると近くに人や建物があるからフォーカスが近いんだなと。あそこに浅間山がどんとある時点でフォーカスがかなり遠くなって目が楽です。あと、夜の暗闇もそうですが、視覚情報が整理されるのは、目にも神経にも精神にもいいことだと気づきました」。彼の言葉を聞き、幼い頃よく「遠くの山を見ないと目が悪くなる」と母に言われた思い出がよぎる。長い年月を経て、答え合わせが出来たような気分だ。

彼が感じたもう一つの気づきが「音」。「普段はテレビをつけながら本を読んだりザッピングするタイプなんですが、ここには雨の雫がポツポツ垂れる音、木の葉がゆれる音、夜が明け始めた時の鳥の声だけ。久しぶりに感じた深い静寂でした。都会はどこにも何かしら音があるんだなと、改めて実感しました」。

森のおもしろさは、人によって全く違う境地に至ること。ある人は視覚、ある人は嗅覚、ある人は聴覚が研ぎ澄まされる。彼の場合はその全て。無意識で全感覚を使って森を捉えているのだ。

森で出会う、知らない自分。

リーダー的な役割を担う事が多かった彼のそばには、いつも誰かがいた。「一人でいる時間が好きなタイプだと、ずっと思ってきたのですが」そう言って一呼吸考えてから「ここにきて、僕は共感できる相手がいないと、何かに感動できなくなるのかもしれない、人と“分かち合う”ことでアドレナリンが出るんだと気づきました」と笑う。

また「忙しくなるとアウトプットの質が落ちる」とよく言うけれど、落ちるのは「インプットの質」だと彼は考える。アウトプットは「個と向き合う時間」で、様々なインプットをした後じっくりと答えを出すためのもの。この空間はそんな「アウトプット」にふさわしいと彼は言った。

右脳と左脳

森で彼に出会う前。彼の著書で印象的だった「ロジカルさ」について聞いてみる。「再現性が無いことを伝えるのは、宗教になってしまう」と、言葉を選びながら彼は答えた。彼自身スピリチュアルな世界も、量子力学や哲学も好きで、否定もしない。ただ、自分が発信するもの・言葉においては、科学的なアプローチにこだわっているという。「何事も感覚で選べる人もいるけど、多くの人がそうではない。だからそんな人たちに“こんな理由で価値があるんです”と言語化することが、僕の生業だと思っているんです」。

論理的で情熱的。効率的でありながら創造的。左脳と右脳を反復横跳びするような彼の思想にふれ、森の見え方が変わった。自分の中に間違いなく新しい感覚が芽生え始めている。

Special thanks to MASAKAZU SHIGETA

The main character of this story
茂田 正和
音楽業界での技術職を経て、2002年より化粧品開発者の道へ。 皮膚科学研究者であった叔父に師事し、敏感肌でも安心して使える化粧品づくりを追究する中で、感性を育む五感からのアプローチの重要性を実感した。 2017年、スキンケアライフスタイルブランド【OSAJI】を創立しディレクターに就任した。

その後、美容への興味と悩みが押し寄せる世代を中心に、絶大な支持を受けるブランドへと成長した【OSAJI】。物の良さに加え、商品名が日本語である親しみやすさや、ブランド全体に漂う「東洋の美学」のエッセンスが、唯一無二の世界観を生み出している。
「コンプレックスとどう対峙するか」はOSAJI が考える一つの大きなテーマ。美への追求と相対するところにコンプレックスがあり、それに囚われすぎると美容も心も間違った方向へ向かってしまう。だからこそ「“コンプレックスを消す”より“コンプレックスと共存する”方法を考えたい」と彼は言う。美を追求して究極論“不老不死”に行き着くのではなく、いかに楽しく生き、老いて、豊かに死ぬか。そのために「どう歩いていくか」が、彼にとっての美容なのだ。
さらに、2021年にはOSAJI店舗に併設するホームフレグランス調 香専門店「kako-家香-」、2022年には香りや食から心身の調律を目指す、OSAJI、kako、レストラン『enso』によ る複合ショップをプロデュース。コスメの枠にとどまらない五感を通した「美」を提案し続けている。

2023年には、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』と、HEGEで旬の食材 や粥をサーブするレストラン『HENGEN』(東京・北上野)をプロデュース。そして同年10月、株式会社OSAJI代表取締役に就任した。


著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)
著書『食べる美容』(主婦と生活者)

https://osaji.net/
https://www.hege.jp/
https://www.enso-osaji.net/
https://hengen.site/
https://shigetanoreizouko.com/
写真:島崎 康輔 / 文:井上 望(sog株式会社)
Photo : Kousuke Shimazaki / text : Nozomi Inoue(sog.inc)

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