People|宇南山 加子さん(後編)

SyuRo/SAMNICON オーナー

宇南山 加子さん(後編)

「今」を尊ぶということ。
長野県御代田町↔東京都清澄

光と影のギャラリー

松岡さんと宇南山さんの自宅に併設されるギャラリー【SAMNICON(サムニコン)】の扉を開けると、柔らかな光溢れる自宅とは異なる空間がそこにあった。

光を反射しない壁、庭の木々の風景を絵画のように切り取る窓、アイコニックな入口とカウンターキッチンは随所がアールで仕上げられている。西陽の差し込む窓を見上げた時、ふと「以前どこかでこの瞬間を見たことがある」とデジャブのようなものに包まれた。

「世界中、日本中を旅してみて、教会の光を綺麗だなと感じることが多かったんです。あと、自分のルーツでもある芸術大学のアトリエも。ここも自然光が美しい建物にしたいなと思って、それらを参考にしました」

こちらの気持ちを察したかのように宇南山さんが言う。午後オープンする【SAMNICON】は西陽が美しく射し込むように計算されていて、刻々と変化する光と影もインテリアの一部になっている。既視感の理由は、いつかフランスへ旅した時、ふらりと立ち寄った教会だと気づいた。

作務と而今

【SAMNICON】は軽井沢駅から車で約20分の御代田町に、2023年5月にオープンした。名前の由来は、仕事や暮らしそのものを表す「作務(SAM)」と、中今を大切に生きることを示す「而今(NICON)」という禅の言葉を合わせた造語。さらに「中今(なかいま)」は古典文学や神道に通ずる言葉でもある。「日々の暮らしを、一瞬一瞬大切にという思いを込めて名付けました」と彼女は微笑む。

ギャラリーには、松岡さんが日本各地の家具メーカーとともに手掛けた家具を中心に、宇南山さんが東京で営む【SyuRo】の商品も並ぶ。デンマークへの留学経験のある松岡さんがデザインする家具は、北欧の美意識と日本の伝統、どちらの香りも漂うだけでなく、まわりの自然にも溶け込んでいく。ギャラリーに設えたキッチンは、普段はディスプレイとして、イベント時には調理場として活躍するという。建物を建てる前にこの地に根を張っていたカラマツは、薪ストーブに焚べられ暖を与えてくれるだけでなく、外壁や軒天、テラス、什器などとして新しい命を注がれている。

教会、寺院、神社。デンマークと日本。人の暮らしと、ありのままの自然。この空間にはすべてのエッセンスが詰まっているのに、すっきりと静謐な空気を纏っている。

物が持つ物語

ここにある家具や小物は、いわゆる「店舗」のような陳列はされていない。整然と並べられているというより、暮らしの中のワンシーンをそのまま切り取ったように、まるで見えない住人がそこにいるように、スタイリングされている。スポットライトが当てられているわけでもないのに、一品一品が輝き、生き生きとしているように見えた。硝子や陶器、石器、布物に書物、床に何気なく置かれた石にさえも、その背景にある物語を想像させられるのだ。

ここで扱うスキンケアやアロマなどの小物もまた、彼女が丁寧にこだわり抜いたものばかり。「化学物質を使わず、セイヨウシロヤナギの樹皮エキスを防腐剤の代わりにしています。オーガニックですが5年は持つように」。彼女は一つひとつの物語を教えてくれる。空間にある物のすべてが、二人の審美眼というフィルターを経てここにある、少数精鋭なのだ。

おもてなしのお茶を乗せた、曲線が美しいトレイに目がとまる。宇南山さんがデザインを手掛けた商品の一つで【ユニオントレイ】と名付けられている。デンマークのインテリアブランド【MOTARASU】からの依頼で考案したものだという。曲げわっぱの技術が、デンマークで回り回って家具になったとも言われることから、依頼を受けた彼女は「曲木で何かつくりたい」と考えた。世界屈指のデザイン大国・デンマークは、実は日本のものづくりから多くを学んだ歴史があるという。技をつなぎ、文化をつなぎ、歴史や国をつなぐ、「かけ橋」がユニオントレイのデザインコンセプトになっている。

物を売るのではなく、生き方を伝える

世界中、日本中を飛び回る二人。ギャラリーをつくるにあたってこの場所を選んだ理由を聞いてみると「“日々の暮らしを、一瞬一瞬大切にする”ために、家具や物を売るというより、物を介して人や自然とのつながりや暮らし方、生き方も含め、見えないもの全体を伝える場所をつくりたいと、思うようになりました」と彼女は言う。

そして人に伝えるためには、まず自分たちが心地よく、体や心にいいものを取り入れ、自然とつながっていたいと、二人は考えるようになった。「最初は、どこか郊外での暮らしも模索しました。北欧やタスマニア、北海道、沖縄。様々な場所を旅したり、釣りをしたりしながら。東京の下町の裏庭でも買って、なんて考えたこともありました。でも“自分たちが心地よく暮らし、自然との循環を考えながら、場所をつくりたい”と考えた時、自ずと心と体は自然に向かっていました。この地を選んだ理由はそこにあります」。彼女の言葉はいつも飾らず、まっすぐだ。

「お店という“入れ物”だけなら都会でもできます。でもそれが自然や暮らしとつながってること、インテリアや商品だけの場所じゃなくて、外の自然や、人の暮らしとつながっている場所にしたいと思いました」。多くを語らない松岡さんがぽつりと言った言葉に、静かな決意を感じた。まずは自分たちで「自然と循環する暮らし」を楽しみながら、無理はせず。訪れた人が日々の暮らしを楽しむきっかけを持って帰れるような場所になって欲しいと、二人は語る。

ギャラリーの窓からは二人がつくった小さな川や畑が見えた。「鳥たちが水を飲みに来るようになりました」と少し誇らしそうに喜ぶ二人は、きっともうこの森の循環の一部になっている。

「今」に感謝する

伸びやかな着眼点、自由な発想、都会的でいて牧歌的な人柄。そんな宇南山加子という人間に影響を与えた人は?とたずねると「影響を受けた人は、世界中にたくさんいます。今は人やモノというより、禅をはじめとした様々な思想や哲学から着想を得ていることが多いですね」と彼女は答えた。

この空間に包まれ、二人と向き合っていると、幸福感がこみ上げ胸が熱くなるような感覚になる。「而今」や「中今」という言葉から分かるように、二人の中には過去でも未来でもなく「今この瞬間」を尊ぶ心が常にある。「今」に感謝している二人だからこそ、自然に目を向け、愛のある言葉を発し、日々を丁寧に、精一杯生きることができる。その生き方が、誰かの胸を熱くさせるのかもしれない。

The main character of this story
宇南山 加子
女子美術短大生活デザイン科卒業。照明メーカー勤務を経て、挿花家・谷匡子氏に師事。1999年にデザイン会社SyuRoを設立。2008 年オリジナル商品と生活用品のセレクトショップSyuRoを台東区で経営する。2023年長野県御代田町に移住し、自宅に併設する生活用品と家具のギャラリー「SAMNICON」をオープン。生活用品を中心としたデザイン、インテリアスタイリング、空間プロデュースなど幅広く活躍。
https://syuro.co.jp/
https://syuro.co.jp/shops/samnicon/

松岡 智之
千葉大学工学部工業意匠学科卒業。(株)GK設計入社、デンマーク王立芸術アカデミーデザイン科留学後、TOMOYUKI MATSUOKA DESIGNを設立。家具・プロダクトデザインを中心に国内外のクライアントと商品開発に取り組む。2023年長野県御代田町に移住し、自宅に併設する生活用品と家具のギャラリー「SAMNICON」をオープン。
https://www.tomoyukimatsuoka.jp/
https://syuro.co.jp/shops/samnicon/
写真:島崎 康輔
文:井上 望(sog.inc)

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