People|宇南山 加子さん(前編)

SyuRo/SAMNICON オーナー

宇南山 加子さん(前編)

自然の一部に、なっていく。
長野県御代田町↔東京都清澄

思想は佇まいに表れる。

家や別荘が並ぶ細い道を、山に向かって上がっていく。
「この先に本当にお店が?」と少し不安になりつつ進んだ先に、特徴的な三角屋根が現れた。

「SAMNICON by SyuRo」は、2023年5月にオープンした、家具と日用品のギャラリーショップ兼自宅。木と石で覆われた、2つの連なる建物は、まるでずっとその場所にあったように風景に溶け込み、奇を衒っているわけではないのに、一際目を引く存在感を放っている。

デザイナーであり、インテリアのスタイリングや空間のプロデュースも手掛ける宇南山加子さん。東京台東区で、自身でデザインした商品や厳選した生活用品を扱うセレクトショップ「SyuRo」を営んでいる。家具やプロダクトのデザインを中心に、国内外の商品開発を行う松岡智之さんは、各地へ飛び回る。そんな二人が、長野県御代田町に暮らしの拠点を構えたのには、じっくり丁寧に練られた計画と、導かれるような偶然があった。

地の空気を読む力。

「子どもが大きくなったらどこか郊外で暮らそう」と、二人はずっと思い描いていた。釣り好きな二人の移住先の条件は「海があって、川があって、都会へのアクセスも良い」こと。そして「標高1000mの森っぽいところ」だった。なぜ1000m?と聞くと、旅や釣りで様々な場所へ行く中、二人が「美しいな」と感じた場所が大体標高1000mだったのだという。

「海がない」ことで全くのノーマークだった長野県。けれど宇南山さんが仕事で軽井沢を訪れたことで大きな変化が起こる。浅間サンラインを走っている時、突然カラッとした空気の変化を感じた宇南山さん。湿度がなく、風の流れる爽快な森の気配。「ここはどこですか?」と聞いたのが、御代田との最初の出会い。今から6年前のことだった。

実は御代田は全国的にも日照時間が長く、晴天率が高い土地。その気候の良さも相まって、ここ数年全国で最も移住率の高い場所だった。そんな情報はつゆ知らず、自分の動物的な勘だけでこの地を見つける宇南山さんの直感力。

1つの欠点である「海が無いこと」について「でも、いい川がたくさんあるし」と折り合いをつけていたところ、御代田から日本海まで1時間半で着くことが判明し、歓喜した。さらに東京圏からのアクセスも良好。別の場所で拠点を探していた頃、帰りに渋滞に巻き込まれて大変な思いをした経験もあったが、ここはそれもなかった。翌週には松岡さんを連れて御代田へ。松岡さんもすぐに気に入り、新たな暮らしの拠点を御代田で探すことを決意する。

暮らしの仕事。

2拠点での暮らしで、変わったこともあれば変わらないこともあるけれど、「不便はない」ときっぱり答える二人。宇南山さんは、東京の清澄と御代田の2拠点を行き来しているが「ほぼ御代田にいます。打ち合わせで東京に行っても、日帰りで帰ってきちゃったりします」と言う。岐阜や九州、旭川など全国へ飛び回ることも多い松岡さんは「クライアントに会いに行くには、ちょっと時間がかかるようにはなってしまいましたが」と言いつつ、穏やかに笑っていた。

東京にいる時は、朝起きて夕方まで仕事が基本だったという松岡さん。けれど御代田に来てからは「草刈り、薪割り、庭の手入れといった【暮らしの仕事】も加わってきた」そうだ。デザインの仕事と、暮らしの仕事。両方をやるとなるとさぞかし大変かと思いきや、午前中は草刈り、午後はデザインと、意識して取り組むことでメリハリが生まれているという。「暮らしの仕事はお金をもらえるわけじゃないですが、全部ふくめて、やるべき仕事という感覚です」と、なんだか楽しそうに語る。

地が呼んでいる。

移住先を御代田に決めた次は、家を建てる場所選び。10箇所以上見てまわる中、ここでも「宇南山センサー」が発動する。「ここだ」と選んだ場所は、長年放置されたカラマツの林。一見すると建物のイメージがしがたい場所だった。
拠点をつくるにあたって二人が抱いていた理想の1つが「森みたいなところ」。カラマツが生い茂る林の中に、二人は理想の暮らしが見えていたのだ。

さらにまわりを散策してみると、目を引くかっこいい建築が多いことにも気付いた。「THE・別荘」みたいな佇まいではなく、派手さはなくても、古き良き建物たち。それもこの場所を選んだ理由の1つになった。

後日、清家清が設計をした柳宗理の別荘など、日本の名だたるクリエイターたちの建築物だということを知る。調べると御代田は「普賢山落」という、60〜70年前に東京のクリエイターたちがつくった集落でもあった。後からそれを知った二人は「呼ばれたね」と鳥肌をたてたという。

「その直感力は、いったいどうやって得ているんですか?」と思わず聞いてみる。宇南山さんはキョトンとした顔で少し考えた後、「肚に聞いてみています」と答えた。「それが心地いいか、ワクワクするか、喜びを感じるか」彼女はいつも自分に問いかける。「腑に落ちる」という慣用句が頭をよぎったが「いやいや、こうやってすぐ【脳】で処理しようとするから見えなくなるものがある」と思い直した。

「何が好きで、なぜ好きか」幼い頃から自問自答を続けてきた彼女に与えられたギフトなのだと思う。

30年後の森。

浅間山を背にする800坪の土地に誕生する自宅兼ギャラリーは、2年がかりでプランが練られた。まず着手したのは、長年放置されてきたカラマツ林。二人でユンボの免許を取り、仲間の協力を得ながら開拓に挑んだ。建物を建てるところだけ木を切ろうと思っていたが、町の人に「倒れてしまうから切って欲しい」と頼まれ、全部切ることに。「森の中の家」という構想とさっそくずれてしまったが、ここで考え方を変えた。
カラマツはあまり根をはらないので、5〜60年経つと伸びきって倒れてしまう。

「それなら切ろう。そして、切るならちゃんと使おう」
ゆるぎない自分たちの軸があれば、軽やかに、しなやかに、変わることができる。

切ったカラマツは、ギャラリーの薪ストーブに焚べられ暖を与えてくれるだけでなく、天日干し・製材・塗装された後、外壁やテラスの素材として家を包み、第二の人生を歩んでいる。その地で生まれ育った木は、そこの気候に1番適していて、きっと建物を強くしてくれるはずだ。

そして「予定より開拓してしまった」土地には、新たに木を植えた。ブナ、アオダモ、カツラ、ハルニレ。「ここから自分たちの森をつくろうと思って」と、二人は楽しそうだ。植林する木も、遠くのものではなくできるだけ近くの裏山から。30年後にここは「雑木の森」になっている予定だという。

めぐりを考え、つくる。

「2年がかりで練った家のプラン」の大きな軸の1つが「エネルギーのめぐり」。
二人が最も大切にしたことだった。

東京での暮らしの中で、当たり前のように払っていた電気代や水道代に、ふと疑問を感じた宇南山さん。そんな中、毎年息子と行く北海道旅行である家を訪れる。そこには家の中心に焼却炉のようなコンロがあり、ゴミを燃やす力を利用して食事が作られていた。さらに焼却炉の熱は銅管を通って家中をあたため、お風呂のお湯も沸かす。小さくて無駄の無い「エネルギーのめぐり」のシステムに衝撃を受ける。都会だからどう、田舎だからどう、ということではなく、ただ「自分の観点を広く持とう」と考えた。

「せっかく0から設計するなら、エネルギーを考えた家を」と決意。自然の中で暮らすのだから、太陽の光や熱を生かそうと考え、二人はエネルギーの勉強を始めた。

一日を、太陽と共に。

まず1つ目が「光」のめぐり。考え方はシンプルで、朝には朝日が入るように、日中は電気無しでも明かりが取れるようにする。朝の光がさすお風呂に入り、天窓からの光でご飯をつくる。午前中は南からの光あふれるリビングダイニングで過ごし、午後からオープンするギャラリーは西陽が美しい。自分たちの暮らしの導線と、太陽の導線を重ね、相応しい場所に相応しい形の窓をつけた。

「その日の天気に合わせて、光の気持ちのいい場所を転々としながら仕事してます」
そう言ってニコニコする宇南山さんを見て、いつも上手に光をみつけて日向ぼっこする愛猫を思い出し、微笑ましい気持ちになった。

「この家づくりや考え方は、何か前例があるんですか?」と尋ねると首を捻り「わからないです。自分たちは建築の専門家ではないので、ただ自分たちが暮らしやすいように、エネルギーがめぐるように、一つ一つ設計していっただけです」と笑う。

暗くもないのに癖で電気をつけてしまうことが時々ある。そんな日常にどっぷり身をおいていると気付けない、太陽の光の美しさと、あたたかさ。そういえばここに来てからまだ一度も、照明がついていない。
夕暮れの出番を待つ照明たちを見ながら「消えてる時は役に立たない、なんてことのない、消えた姿も美しい照明を選んでます」と、宇南山さんは愛おしそうに言った。

人間ごとめぐる。

光の次に考えたのが「水」のめぐり。水道水も使うが、料理には毎週近くから汲んでくる湧き水を使っているという。バイオジオフィルターによる循環システムもつくり、自分たちで庭に池も川もつくり、クレソンなど根が水を綺麗にしてくれる野菜もつくった。川や池ができてから、鳥たちがたくさん遊びにくるようになったという。

自分たちの生活排水や、屋根に積もった雪もフィルターで綺麗にし、その水で育った野菜を食べ、また生活排水が綺麗にされる。「自分たちも含めて循環していくんです」という言葉が耳に残る。ここでは、自分たち人間も自然の一部であり、エネルギーのめぐりの中にいるのだ。

まだ、未完成の家。

光や熱のエネルギーをめぐらせるための工夫に「空間のつながり」がある。暮らしの大半を過ごすリビングダイニングキッチンは大きな1つの空間になっていて、エアコンや薪ストーブはなく、太陽光で動くラジエーターからのエネルギーも効率よく共有できる。そしてその空間を仕切るのはカーテン。これは二人のアイデアで「襖や障子で区切られ、外すと大広間になる日本古来の手法」から着想を得たものの、現代バージョンだという。

カーテンを閉じることで生まれる部屋は、普段は寝室として使っている。夜はプロジェクターで、石の左官材でできた壁に映画を写す。自宅の方の建物は、石造に見えて実は木造。内壁と外壁が異なる石素材でコーティングされていて、冬は熱が逃げないように、夏は暑さを逃がすようになっているという。

2階のゲストルームにもスリットがあり、空気が流れ、光も漏れ合う。二人のお気に入りは2階への階段と、その先にある天窓。そこに入る光は、時間と季節で変化し、飽きないのだという。入口にある窓の下のオブジェは、季節や光に合わせて入れ替えて楽しんでいるそうだ。

夏は家中を風が巡り、外のデッキで食事をする。「1年暮らしてみたけど、どの季節も美しい」と二人は口を揃える。実はまだ完成していないというこの家は、二人の暮らしと思想、この地の自然と共に、まるで生き物のようにゆっくりと成長を続けていくのだろう。

The main character of this story
宇南山 加子
女子美術短大生活デザイン科卒業。照明メーカー勤務を経て、挿花家・谷匡子氏に師事。1999年にデザイン会社SyuRoを設立。2008 年オリジナル商品と生活用品のセレクトショップSyuRoを台東区で経営する。2023年長野県御代田町に移住し、自宅に併設する生活用品と家具のギャラリー「SAMNICON」をオープン。生活用品を中心としたデザイン、インテリアスタイリング、空間プロデュースなど幅広く活躍。
https://syuro.co.jp/
https://syuro.co.jp/shops/samnicon/

松岡 智之
千葉大学工学部工業意匠学科卒業。(株)GK設計入社、デンマーク王立芸術アカデミーデザイン科留学後、TOMOYUKI MATSUOKA DESIGNを設立。家具・プロダクトデザインを中心に国内外のクライアントと商品開発に取り組む。2023年長野県御代田町に移住し、自宅に併設する生活用品と家具のギャラリー「SAMNICON」をオープン。
https://www.tomoyukimatsuoka.jp/
https://syuro.co.jp/shops/samnicon/
写真:島崎 康輔
文:井上 望(sog.inc)

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